不同意わいせつ(旧 強制わいせつ)と条例違反
1 痴漢(ちかん)行為と適用される法令
「痴漢」で逮捕されても、その行為態様によって、実際に適用される法令が異なることがあります。 すなわち、痴漢行為は、「不同意わいせつ罪」(旧 強制わいせつ罪」(刑法176条)、または、各都道府県が制定する「迷惑防止条例」(※)により禁止され、刑罰が科されているといえます。
※「迷惑防止条例」の正式名称は、都道府県ごとに異なりますが、おおむね「○○県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」等として制定されています。
2 不同意わいせつ罪(旧 強制わいせつ罪)と迷惑防止条例の禁止する行為の違い
※ここでは「迷惑防止条例」の一例として、愛知県迷惑行為防止条例との比較をします。
不同意わいせつ罪 | 愛知県迷惑防止条例 | |
行 為 態 様 |
令和5年刑法改正(刑法第176条) 第1項 「⑴から⑻までに掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした」こと ⑴ 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれを受けたこと ⑵ 心身の障害を生じさせること又はそれがあること ⑶ アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること ⑷ 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること ⑸ 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと ⑹ 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること ⑺ 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること ⑻ 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること 第2項 「行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした」こと 第3項 「16歳未満の者に対し、 わいせつな行為をした」こと(但し、当該16未満の者が13歳以上である場合、5歳以上年長者に限る。) |
(卑わいな行為の禁止) 第2条の2 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は、人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。 一 人の身体に、直接又は衣服その他の身に付ける物の上から触れること 四 前各号に掲げるもののほか、人に対し、卑猥な言動をすること
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罰 則 | 6月以上10年以下の懲役 | 1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(15条1項) 【常習の場合】 2年以下の懲役又は200万円以下の罰金(15条2項) |
告 訴 | 不要: 平成29年刑法改正により非親告罪化 | 不要 |
3 処罰する行為態様の違い
不同意性交罪(旧 強制わいせつ罪)(刑法176条)
不同意わいせつ罪(旧 強制わいせつ罪)は、これまで、「暴行又は脅迫を用いて」わいせつな行為、すなわち衣服や下着の中に手を入れて体を触る等の行為をしたことが必要でしたが、令和5年の刑法改正により、痴漢行為により「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがない」「予想と異なる事態に直面させ、若しくは驚愕させること」に該当する可能性が生じることとから、これまでは迷惑防止条例違反とされた痴漢行為について、今後不同意わいせつ罪が成立する可能性が高くなることが考えられ、この点注意が必要です。そのほか、不同意わいせつ罪の成立要件は、被害者の年齢によって異なり、被害者が16歳未満の場合(但し、当該16歳未満の者が13歳以上の場合、5歳以上年長者に限る。)、仮に同意があっても不同意わいせつ罪が成立します。「わいせつな行為」とは、判例上「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する行為」をいいます。 具体的には、いきなり道を歩いていた女性に抱き付くことや胸や陰部を触ることなどがあります。 直接身体に触らなくても、裸にさせるなどの行為も「わいせつな行為」に含まれます。
迷惑防止条例
迷惑防止条例は、公共の場所等で、人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような方法で、衣服の上から身体に触れ、又は直接人の身体に触れることを禁止しています。 これに加え、公共の場所等で「人に著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をすること」も禁止しています。 このように迷惑防止条例は、不同意わいせつ罪(旧 強制わいせつ罪)の成立範囲より広い範囲で、一定の行為を禁止しているといえます。
4 法定刑の違い
不同意わいせつ罪(旧 強制わいせつ罪)は、被害者の性的自由に対する侵害の程度が高いため、罰金刑はなく、懲役刑しかありません。 そのため、被害者が被疑者を告訴すれば、ほとんどの場合、被疑者は検察官により起訴されます。 迷惑防止条例違反では、懲役刑の他に、罰金刑もあります。 そのため、被疑者が事件を認めているような場合には、略式手続と呼ばれる簡単な裁判手続によって、罰金の納付が命令され事件が終了することもあります。