朝の通勤電車内での痴漢事件

2020-04-23

朝の通勤電車内での痴漢事件について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所の弁護士が解説します。

~ケース~

京都市東山区に住むAは,朝の通勤電車内で,被害者女性の臀部などを撫でるなどして,京都府迷惑行為防止条例違反の罪で逮捕された。
Aは逮捕された翌日,地方検察庁に身柄を送致され,検察官の取調べを受けた後,裁判所に勾留請求された。
裁判所裁判官は,検察官の勾留請求を認め,Aは,その日から勾留されることになった。
(フィクションです。)

~何故勾留されるのか~

刑事訴訟法第60条
 裁判所は,被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で,左の各号の一にあたるときは,これを勾留することができる。
一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

勾留は,捜査のために必要がある場合,最大20日間身柄を拘束される刑事手続です。
「捜査のために必要がある場合」と言っても,単に捜査機関がそう思うから,というだけでは,やりたい放題の身柄拘束が横行することになってしまいます。それがどういう場合のことをいうのかは法律によって定められています。その法律の定めが,上に記載した刑事訴訟法第60条です(なお,刑事訴訟法第60条は,本来は,刑事裁判になった段階での被告人の身柄拘束についての裁判所の権限を定めた条文ですが,刑事訴訟法第207条によって,捜査の段階では,裁判官がこの権限を行使します)。

刑事訴訟法第60条第1号は,被疑者が「定まつた住居を有しないとき」には勾留できると定めています。被疑者が住居不定だと,捜査のために呼び出そうにも連絡が取れないからです。
実際のところ,住居不定を理由とする勾留はあまりありません。本件のAも,自宅から通勤のために電車に乗っていたので,「定まつた住居を有しない」には当てはまりませんでした。

刑事訴訟法第60条第2号は,被疑者が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」には勾留できると定めています。被疑者に自由に証拠隠滅活動をされてしまうと,犯罪の立証に支障を来すことになるからです。
例えば,犯人が被害者の顔をよく知っていて,痴漢の機会を狙っていたのだとしたら,犯人を身柄拘束しないと被害者への接触を図り,脅したり誘惑したりして犯罪被害についての証言を変えさせる可能性があると言えるでしょう。
また,被害者が学生だったり仕事をしている人だったりすると,朝は毎日同じ時刻の電車に乗る可能性があるので,本件犯行時刻と同じ時間帯の電車内を探して被害者にたどり着く可能性があると言えるでしょう。その他,容貌や髪型が特徴的だったりすると,それを手掛かりに被害者を特定して接触を図る可能性もあります。
罪証隠滅の可能性は,勾留の理由の中で最も頻繁に見るものです。Aの勾留理由の一つも「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」というものでした。本件の被害者はAとは見ず知らずの他人でしたが,通勤のために朝は毎日同じ電車を使用していたことから,Aとの接触の可能性を否定しきれなかったものと考えられます。

刑事訴訟法第60条第3号は,被疑者が「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき」には勾留できると定めています。被疑者に逃げられると,その後に捜査のために呼び出すこともできず,刑事裁判に出頭させることもできなくなるからです。
逃亡の可能性は,罪証隠滅の可能性と並んでよく見かけます。Aの勾留理由も,罪証隠滅と並んで「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある」でした。京都府迷惑行為防止条例では,痴漢について,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金と定めていましたが,懲役刑があり得るということで,Aも,処分を恐れて逃亡する可能性があると見られたようです。

勾留の理由があっても,捜査の必要性と被疑者の被る不利益を比較し,後者の方が重ければ,勾留の必要がないということになり,勾留はできません。
被疑者の被る不利益とは,様々な事情があり得ますが,例えば,受験等の緊急の要件や,仕事上代替不可欠な役割を担っていてそれが果たせないと巨大な損害が生じる,などが考えられます。
Aは勤務先で一定の役職には就いていましたが,代替不可能な不可欠な存在とまでは言えず,勾留の必要がないということにはなりませんでした。

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